【ブラウジング:146】中村士「天文学の歴史はどこまで昔に遡れるか」『UP』n.557, p.1-5 (2019)

自著『古代の星を読み解く』の意図を示す。理系の歴史には誰それの説というものはありえない。現代の天文学統計学の成果を利用すれば、だれでも同じ結論に到達できるから。ここが文系の歴史学者と方法が異なる点、と説く。

【濫読:557】鈴木重行『嚥下障害:エクササイズ&ストレッチング」、gen社 (2017)

 

「エクササイズ&ストレッチング」の具体例がなんとも日常的。ここにはなんの緊張感もない。だが、この日常性が「肺炎」というに非日常性に直結する。

【ブラウジング:145】船山隆(訳・編)「作曲家の自画像:サティ」

サティからは「健忘症の回想録」と「批評家論」が紹介されている。とくに後者(批評の批評の批評)はみずからの作品を「家具の音楽」と名づけた音楽家の著述とは考えにくい。とにかく饒舌。こんど訳者と会ったときに確かめてみよう。

船山隆(訳・編)「作曲家の自画像:ドビュッシーラヴェル、サティ」『エチュード』、n.7, p.95-100 (1975)より

【ブラウジング:144】五十嵐太郎「保守化する東京の景観」『みすず』n.675 p.20-31 (2019)

(1)日本橋の地下化は五輪後の建築需要を抑制するため。(2)景観をどの時代にもどすのか。江戸期か、明治期か、戦後期か。(3)戦後期が年代的には最長であり、しかも前衛的(橋の上に道路を通す)であった。(4)学ぶものを探せば、三菱一号館

【濫読:556-2】清水幾太郎『わが人生の断片(上)』、文春文庫 (1985)

著者の主張はオルテガそのもの。ただしオルテガにかんする明示的な引用はまったくない。

【濫読:556】清水幾太郎『わが人生の断片(下)』、文春文庫 (1985)

「単独講和」対「全面講和」、「マルクス主義」対「社会学」、「基地反対」対「安全保障」、「六全協」対「ブント」、「実存」対「経験」などの対立のなかで自己流の生き方を貫こうとした人の自伝。

私自身、この時代を知っているつもりであったが、じつは知らないことだらけだった。(著者はアジテーションに巧みであった。これが私にとっての著者の実像。)

【ブラウジング:143】柳広司「小説の起源:プラトンの『ソクラテスの弁明』」『図書』、n.840 ,p.44-48 (2019)

 

ソクラテスの弁明』が最初の小説であったという説。これを可能にしたのが、アテネの民主制であったという。