【5冊目】 松田卓也 『人間原理の宇宙論: 人間は宇宙の中心か』 培風館 (1990年)

思考実験というものがある。あるいはシミュレーションといったほうが若い人にはなじみがあるかもしれない。私たちが自然界や人間界のことを理解するばあい、実験をするには、規模が大きすぎたり、時間がかかりすぎたり、人道上差し障りがあったりすることがある。そんなばあいには、実験にかえて理論一本で当の現象を考察してみる以外には手がない。これが思考実験またはシミュレーション、ということになるだろう。ついでながら、シミュレーションはコンピュータを利用しておこなうことが多い。
 この本は、その思考実験の例題集といったおもむきが強い。対象は宇宙。ここでの問いは、人間は宇宙にとって偶然に生じた存在なのか、それとも、この宇宙は人間の創造を必然的に予定してきたものなのか、という刺激的なものである。
 著者は最初の思考実験として「宇宙原理」を紹介する。これは近代以後の自然科学がリードしてきた原理で、宇宙のどこにも特権的な場所はない、という考えかたである。つまり、どこでも均質であり(等質)、どの方向も特別ということはない(等方)ことになる。とすれば、人間の存在は特別のものではない。無限の宇宙のなかには、人間とそっくりの生命体が無限に存在することになるだろう。これが宇宙原理の論理的帰結。
 つぎに著者は「人間原理」の説明に移る。もし、重力の定数の値が現在より大きければ、星は強い力で圧縮されて高温になり、その寿命が小さくなる。こうなると、生命が発生し人間にまで進化する時間的余裕はとてもない。いっぽう、重力定数の値が現在より小さければ、星の大きさはもっと拡がって表面温度は低くなり、生命の生存は許されなくなるだろう。このほか、重力以外の力――強い相互作用弱い相互作用――の値が現在と違っても、生命が発生する条件はできない。だから人間原理が存在する!
 人間はなぜ3次元空間+1次元時間のなかに生存しているのか。これも思考実験の問題。というのは4次元以上の空間では、電気力の法則(クーロンの法則)が現在と異なり、安定な原子が存在しなくなるからである。原子がなければ化合物も存在せず、したがって生命も存在しない。ここにも人間原理がある。
 つぎに話題は宇宙文明との交信に移る。この分野はまさに思考実験の独壇場である。まずドレークの宇宙文明方程式が紹介される。この式にもっともらしい数値を代入していくと、交信できる宇宙文明の数を算出することができる。その数は文明の寿命の年数と同じになるという(文明の寿命が1万年であれば、交信可能な宇宙文明の数は1万)。
 宇宙論は多くのSF作家がさまざまな思考実験を展開しているフィールドでもある。著者は物理学者の目でみて評価に値するSFをいくつか紹介して、この本を終わる。
 著者の紹介してくれたSFを読んでみたが、どうやら、この本のほうが面白い。物理学者のほうがSF作家よりも想像力が豊かである、ということか。

KDDテクニカル・ジャーナル』 5号 (1991年)