【194冊目】 北川善太郎 『技術革新と知的財産法制』 有斐閣 (1992年)

エンジニアの目からみると、法律の本にはいくつかの特徴がある。まず、文章が長く改行が少ない。つぎに、修飾句や修飾節が頻出して論理が錯綜している。さらに、本文中にやたらと別の文章(法律、判例など)が引用される。そして最後に、本文と同程度に長い文献リストがつく。したがって、読みにくい。
 だからシステムエンジニアにとっては、法律書はとっつきにくく、敬遠しがちとなる(自分はスパゲッティのようなプログラムを書くクセにそれは棚にあげて)。だが、ここで紹介する本にはこの種の法律書の臭みはない。
 つまり著者は、この本の読者が法律のアマチュアである場合もありうる、と想定しているようだ。現実に、文体だけでなく、とりあげたテーマや記述の論理についても、法律家以外の読者にとっても理解しやすく仕立てられている。たとえば「JIS規格にみるインタフェースの定義は、(かくかくの理由で)法的にみると有体物も無体物も含んでいる」というように、技術者のジャーゴンと法律家のそれとを突き合わしつつ、記述を進めている。
 話があとさきになったが、この本の表題にある「技術革新」とは「ソフトウェア技術の進歩」を指している。また、この本の内容は、ソフトウェア技術とソフトウェアの権利保護について両者のあいだにある微妙な乖離現象を縦横に論じたものである。以下、内容を紹介していこう。
 第1章は「総論的考察」である。まず知的財産制度と現代技術を支える普遍主義に対して南の諸国が多元主義的な発想で挑戦をはじめた。つぎに法の体系と技術の体系とのあいだには食い違いがある。このように問題意識を整理したうえで、著者はつぎに進む。
 第2章は「知的財産法の基礎」を点検する。ここでは、知的財産券制度の基礎になる「模倣」という概念について、ソフトウェアではなにが問題になるのか、それを簡潔に纏めている。
 第3章は「知的財産法の方法」である。著者は、まず在来のソフトウェア論議は法投影法(法の論理のなかにソフトウェア技術を切り取って料理する)であったが、それは技術投影法(技術の論理のなかで法律を吟味してみる)と両立させつつ論議されなければならない、と説く。つぎにソフトウェアの保護のような新しい問題に対しては判例を無視することはできないが、判例をいくら積み上げてもソフトウェア保護の一般理論は出てこない、と指摘する。どちらも法律家にとっても自明のことなのかもしれないが、エンジニアにとっては目の覚めるような言説である。
 第4章は「知的財産法制の再編」というタイトルをもっており、第5章とともにこの本の主要部分になる。まずUNCTAD(国連貿易開発会議)のコード・オブ・コンダクトをテキストにして「技術移転と南北問題」が論じられる。技術移転の問題を、技術面からではなく、制度的側面から抽象化して整理するとこういうことになるのかという点で、技術サイドにいるものにとっては役にたつ文章になっている。ただし、この節はいかにも素っ気ない文章である。
 ついで「半導体保護条約」について、その国際的折衝の経過が論じられる。この論文は第1章に挙げられた2つの問題意識を具体化した事例研究である。ここでは技術の移転に係わる先進国間、南北諸国間の軋轢について資料を駆使して紹介している。著者がこの問題の日本代表だったこともあり、臨場感にとんだドキュメントになっている。
 第章は「知的財産法モデル」を論じている。まず「リバース・エンジニアリング」ついて、単純明快なモデルを提案し、このリバース・エンジニアリングがきわめて多義的な概念であることを指摘している。エンジニアの読者にとっては、もっとも知的刺激を受けるところだろう。
 最後に、「コピーVAN」と称して大量権利の取引システム(著作権の権利処理システム)の提案が2つある。第1はコピーにタグをつけ、その情報をネットワークで収集する方式、第2は電子システムによるコピーのカタログ販売である(これは1980年代初期に実験済)。ここで著者は、エンジニアに対して問題提起をしている、と受けとめてよいだろう。

『bit』 314号 (1992年)
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