【196冊目】 石黒一憲 『情報通信・知的財産権への国際的視点』 国際書院 (1990年)

1980年代後半は、日米間にさまざまの摩擦が生じた時期である。
 この時期に、知的所有権についてはコンピュータ・プログラムの保護をめぐり、また通信制度については国際VANの構築をめぐり、日米間でさまざまの駆け引きと取引がなされた。この本は、このような紛争が生じているその時期に、この紛争の本質をえぐりだし、この紛争にかかわるプレーヤー(とくに日米の行政府)の行動を論評したものである。
 1章は「国際通信法制の変革と日本の進路」と題され、ここでは通信問題について、全体の見取図がのべられる。あわせてこの問題にかんする著者の基本的な立場が示される。著者の立場は、競争を謳歌する1980年代後半の世界的な風潮に批判的である。
 2章は「GATTウルグアイ・ラウンド」というタイトルをもつ。ここではGATTという仕組みの法的な、また実際上の曖昧さについて、読者は注意を喚起される。
 3章は「知的財産権の国際問題」をテーマとしている。この章では、知的財産権の国際間の調和について、属地主義という現行制度の限界が指摘されている。
 4章は「知的財産権と国際通商摩擦」を論じる。この章では、コンピュータ・ソフトウェアの保護に焦点をあて、日米科学技術協力協定、米国の包括通商法、ECのグリーン・ペーパー、日米欧民間三極会議の報告が、それぞれどう対応しているかを検討している。著者の意見は、コンピュータ・ソフトウェアについては、著作権法にも強制実施の制度が必要なのではないか、というものである。
 5章で話題は一転して「TDF規制と国際通信」へと移る。ここでの論点は、プライバシー保護、ココム規制、標準化、直接衛星放送、とさまざまにわたる。ただし著者の意見は一貫している。それは通信については、経済的合理性よりも、国としての自立性を優先せよ、ということである。
 6章は「情報通信分野における標準化と知的財産権の相剋」を説く。この章は本書のなかで、もっとも充実した章であり、かつ類書にみられない内容をもっている。ここでは技術標準における私有化の意味を、くわしく考察している。ここでも、著者は知的財産権の過度の保護について批判的である。
 7章は「アメリカ的公正概念のゆらめきと公正貿易論、そしてGATT」というタイトルをもっている。ここで著者は文化的相対主義(日本は日本だ)の正当性を強く主張している。
 およそ法律書といえば、禁欲的なもの無味乾燥なものと見える場合が多い。だが、この本はそうではない。むしろ時評的、論争的な性格が強い。表現もバロック的な強さをもっている。だからその分だけ、解説を求める読者には不親切である。
 評者は法律についてはアマチュアであり、著者の意見をことこまかに論評する力をもたない。だが、日本の情報・通信分野の問題を探ろうとする人に対しては、またとない本である、と思う。あえて門外漢が推薦する理由である。
 もう一つ。評者のように技術の普遍性を信じる技術者は、とかくアナーキーな発想をもってしまうが(例、日本国のアイデンティティーってなんだろう)、この本にはそうした曖昧さがない。秩序を大切にする法律家の発想とは、なるほどこういうものか、ということがよく分かる。

『コンピュートピア』 8月号 (1990年)