【233冊目】 山口朔生  『トレード・シークレット』 中央経済社 (1988年)

このところ、知的所有権に関する記事が毎日のように新聞紙面をにぎわしている。これは、国際貿易上で受け身になっている米国が、ハイテク分野における優越性を、なんとか維持し防衛しようとしているからである。
 この米国の意図は、多国間交渉において、また二国間交渉において現れている。最近の事例でみると、前者はGATTをバックアップして組織された『知的所有権に関する日米欧民間三極会議の見解』に、後者については『科学技術における研究開発のための協力に関する日本国政府アメリカ合衆国政府との間の協定』に示されている。このいずれの文書においても注目すべきは、いわゆるトレード・シークレットに関する取り決めが、ここに記載されていることである。それは『見解』においては「財産的情報」として、また『協定』においては「商業上の秘密」という表現で示されている。
 このトレード・シークレットという制度は、いわゆる既存の知的所有権(工業所有権、著作権など)制度とは異なる。しかもこの制度が存在するのは米国のみである。したがって、私たち日本人にとってはなじみのないものである。
 なじみはないとはいいながら、この制度は私たちのビジネスには強い関係をもつ。たとえば、顧客データベースの権利をどうして保護するのか。また、スピン・オフあるいはヘッド・ハンティングで流出した人材のもっているノウハウをどのようにして差し止めるのか。これらは、米国ではトレード・シークレットとして保護されるのである。
 しかも、今日のように知的所有権制度が通商上の課題になると、日本人になじみがないからそれには関係ないよ、とはいえなくなる。通商上の課題になるとは、そこに強者の論理が働くということである。強者の論理といって悪ければ、先行者の論理といってもよい。したがって、こと米国との取引においては、日本人はこのトレード・シークレットという観念を意識しつつ行動しなければならない、ということになる。
 ところで、もともと法律というものは専門性の高い領域で、私たちアマチュアにとっては、ちょっとやそっとでは理解できない世界である。そこへもってきて、日本になじみのない制度ということになると、アマチュアは完全にお手上げである。だが、そうしたアマチュアにもってこいの本が刊行された。それがこの本である。時宜をえた試みというべきだろう。
 この本の記述は事例解説的である。だからといって、論旨があいまいであるということではない。
 著者は、トレード・シークレットが何者であり、どのように対応すべきであるのか、どのように活用すべきであるのか、それを私たちアマチュアに要領よく解説してくれる。

『コンピュートピア』 22巻265号 (1988年)