【237冊目】 潮木守一 『ドイツ近代科学を支えた官僚』 中央公論社 (1993年)

欧米では、19世紀に、それまで金持が趣味でやっていた科学や技術の研究が職業になった。つまり、給料をもらって研究をする人間が出現したわけだ。
 当時、後進国だったドイツは、いちはやくこのトレンドを制度化し、実験室主体の科学技術教育をはじめる。
 とくに19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツはこの政策を充実させ、その結果エールリッヒ、ベーリング、ファント・ホフなどノーベル賞学者を輩出する。>
 この時代、ドイツは皇帝ヴィルヘルムが軍拡路線を進めていた。このような状況下で、コストのかかる実験科学の研究室を多数新設することは、並みたいていのことではなかった。
 この困難な状況を切り開いたのが本書のヒーローとなるアルトホーフである。かれは地方大学の二流教授にすぎなかったが、いったん文部省の中堅官僚になると、とたんに辣腕を振るいはじめる。
 かれは旧体制のなかで不遇をかこつ若者に援助の手を差しのべ、かれらにポストと予算を与え、その実力を発揮させる。さきのノーベル賞学者も、全員がかれに取り立ててもらった経験をもっている。
 アルトホーフはこのために権謀術数をめぐらす。大蔵省からは予算を分捕ってくる。自治を標榜しつつも旧体制を温存する大学の教授会とは対立も辞さない。
 かれの強引な方法は「影の文部大臣」「大学のビスマルク」などと学会から非難される。その批判の先鋒にはゾンバルトヴェーバーが立つ。
 だが、かれは先に進む。政界や財界に根回しをしつつ、研究都市の開発を構想し、その一つとして、カイザー・ヴィルヘルム研究所(現マックス・プランク研究所)を実現する。
 だが、アルトホーフの名はかれがリタイヤするやただちに忘れ去れてしまう。
 以上がこの本の粗筋である。著者は、アルトホーフの人物像を、かれの敵味方の残したドキュメントを通して語っている。このへん人間ドラマとしても読ませる。
 著者はこの本の意図をつぎのように語る。現代のように科学技術研究に大規模の予算が必要な時代には、その配分にあたり、官僚側にしっかりとしたビジョンと政策がなければならない。この意味で、アルトホーフの仕事を紹介したい。
 この著者の意見について評者はやや懐疑的である。ビジョンや政策が必要なことは認めるとしても、その実施はアルトホーフの場合のように個人芸でなさるべきではないだろう。透明なシステムのなかでなさるべきではないか。
 それにしても面白い本だ。

東洋経済』 3月5日号 (1994年)