【242冊目】 小平圭一 『宇宙の果てまで』 文芸春秋 (1999年)

1980年、著者はハワイ大学天文台を訪問する。巨大望遠鏡設置の可能性を探るためであった。1999年、国立天文台は世界最大の望遠鏡「すばる」の「ファースト・ライト」をテレビ中継で日本に放送する。
 この20年間、著者は「すばる」の建設に、はじめは疑心暗鬼で係わり、途中からは本気でのめり込む。著者はその一部始終について、自分のメモを再編集してこの本を作った。だから、話は「すばる」の開発史であると同時に、天文学者の自分史にもなっている。
 まず、巨大望遠鏡の開発史として。これには2つの点に課題があった。巨大なレンズを作ることと、空気の澄んだ場所を探すことであった。
 光の像をきちんと写すためには、1万分の1ミリメートルの精度でレンズを磨き上げなければならない。ところが、レンズのほうは直径8メートル。自重や温度でそのような精度を維持することはほとんど不可能。ここに技術上の課題があった。
 空気の清澄な場所はどこにあるのか。地上の明かりが少なく、空気の乱れの小さいところ、つまり高山の頂ということになる。国内にはこの条件に合格する場所はない。とすれば国外に設置せざるをえない。
 巨大望遠鏡は総額400億円に達する国有財産。そのような巨大な国有財産を国外に設置することができるのか。さいわいにも、国有財産法にはこれを禁じる条文はなかった。
 つぎに天文学者の自分史として。著者は観測的宇宙論の研究者であり、これが本業である。だが「すばる」プロジェクトとは両立しない。
 著者は仕事にもっとも油がのる50歳代のはじめ、このプロジェクトに生涯を掛けようと決心する。だが、このとき、かりにプロジェクトが順調に推移したとしても、自分の定年のほうがさきであることが予想できる。
 巨大プロジェクトの推進にあたっては、学会という世界は効率の悪いところである。専門分化がきわだっており、おなじ専門領域のなかでさえ百家争鳴がある。ここで巨大予算を獲得しようというわけだ。
 また、国際プロジェクトの進行にあたっては、日本官庁の前例尊重主義(たとえば単年度予算や海外赴任手当)は国際標準になじまない。
 このような困難を、著者はひとつひとつ、協力者や支援者を増やしつつ実現する。この意味では、この本はプロジェクト管理の成功例の報告書であるとも見える。
 著者は国際結婚した人である。著者はこの本で家庭生活に関する生活と意見をあけすけに描いている。学問への執念もさることながら、家庭への愛着も著者の行動を大きく支えてきるようである。読んで楽しい。
 (注)「すばる」のハイテクについては、安藤裕康『世界最大の望遠鏡「すばる」』(平凡社 1998年)が詳しい。あわせて紹介しておく。

東洋経済』 5563号 (1999年)