【262冊目】 日本弁護士連合会刑法改正対策委員会編  『コンピュータ犯罪と現代刑法』  三省堂  (1990年)

【2013年の注】この本が出版されて4半世紀たった。コンピュータ犯罪はますます過激になり、刑法と現実との乖離はさらに大きくなっている。
 
コンピュータ犯罪という言葉は、いや言葉だけでなく事例も、この社会にすっかり定着してしまった。だが、これを取り締まる法律のほうは、できてからやっと5年たったか、というところである。
 その法律にしても、既存のシステム(刑法)を改正したものなので、現実のコンピュータ犯罪とピタリ重ならない。逆に、法律のほうからみると、コンピュータ犯罪と在来型の犯罪に対して、バランスのとれた判断がしにくい。こんな問題点について、日弁連の弁護士諸氏が議論した結果をまとめたものが、この本である。
 この本は4章からできている。はじめの2章は日弁連諸氏のこの法律に関する基本的な考えかたをまとめたものである。あとの2章はこの法律の逐条講義という恰好になっている。
 第2章は、「財産的情報」(企業秘密)の「不法領得」(無断コピー)について、在来の法律の有効性と限界とを天秤にかけつつ、情報の窃盗について考察する。
 第2章は、コンピュータ犯罪を主題にしたシンポジウムの記録である。ここでは、まず、企業秘密の刑法的保護に関する判例などをどう評価するのか、つぎに、現行刑法の基本的枠組みを変える必要が生じているのか、さらに、コンピュータ犯罪関係の新しい構成要件をどう限定するべきか、そして最後に、データの不正入手などの処罰の論議をどう考えていくべきか、これらの論点が縦横に議論されている。
 第3章は、まず、電磁的記録の定義(情報と媒体とが一体になったもの)について述べ、ついで、電磁的記録不正作出罪(在来の「偽造」「変造」という概念では電磁的記録を対象にできない)、公正証書原本不実記載罪(原本がデータベースの場合)、電子計算機損壊等業務妨害罪(在来の「業務妨害」という概念では電子計算機や電磁的記録を対象にできない)、電子計算機使用詐欺罪(在来の「詐欺」という概念では電子計算機や電磁的記録を対象にできない)、電磁的記録毀棄罪(電磁的記録を在来の「文書」なみに扱う)について論じる。
 第4章は、手続き問題を中心として、捜査、公判について解説する。
 以上のすべてにわたり、いかにも弁護士の主張にふさわしく、論旨の進め方はしごく慎重である。
 この本の刊行は九〇年であるが、実際の執筆はそれ以前のようである。したがって、この本に記載された問題以外にも、その後に表面化したコンピュータ関係の犯罪(らしきもの)は多い。たとえば、テレフォン・カードの偽造、コンピュータ・ウイルスの出現、ダイヤルQ2による料金詐取、携帯電話の盗聴、パソコン通信による反社会的メッセージの交換など。
 しかし、とりあえず、現在の法律はここまでを守備範囲にしているという意味で、この本は、アマチュア向けのマニュアルとして役立つ。
 もう一つ。コンピュータ犯罪関係の本は事例中心のものが多い。しかも、著者がシステム技術者だったり、ジャーナリストであったりすることが多い。(たまに法律家がいても、たいていは国情の違う外国人である。)ところが、この現象を、日本の法律家が日本の法律の論理にしたがって冷静に評価したものは、一般書としては、ない。この本は、そうした点で、読者に新しい見方を教えてくれる。

『コンピュートピア』 8月号 (1991年)