【273冊目】 倉科周介 『病気のなくなる日:レベル0の予感』 青土社 (1998年)

青土社の本というと、あるいは思弁的だったり、あるいはレトリックを駆使した文体だったりして、ビジネスマンにはなじめないものが多い。だが、この本はしからず。ここには、どんな読者をも納得させるに足る膨大なデータ群と論理的な文章、それと豊富な事例紹介がある。
 テーマは「病気」。どんな読者にとっても気掛かりな対象である。この病気について、予防医学的な視点から整理し、その問題の在り処を示したい。これが著者の狙い。
 個々の人間にとって、時間は一次元ではなくて二次元であるとも見なせる。それは世代時間(出生年)と歴史時間(歴年)という時間軸だ。この二つの軸の上で人口動態統計(死亡データ)をプロットして見よう。これが著者の方法。
 このようにして、二つの時間軸の上に肝硬変、脳血管疾患、糖尿病、癌など、さまざまな病気のデータを置いてみる。このマップは、それぞれの病気に対する、これまでの社会の予防・治療対策の効果
を示すことができるはずだ。
 まず、過去の日本では、人の一生は「生」→「病」→「死」という流れであった。この「病」だが、それは年齢を問わずに、あらゆる年齢で起こっていた。
 これが現在では「生」→「老」→「病」→「死」のような形に変わった。感染症が激減したためである。結果として、日本は世界最高の長寿国になった。
 だが、どうだろう。望ましいのは「生」→「老」→「死」のパターンだろう。これが「大往生」というものではないのか。このためには、どんな対策があるのか。
 病気には「事故故障型」のもの(たとえば感染症)と、「磨耗故障型」のもの(たとえば動脈硬化による循環器疾患)とがある。
 事故故障型についてはどうか。治療医学予防医学が見るべき成果をあげてきた。しからば磨耗故障型の方についてはどうか。現在の予防医学の対象をさらに拡張して、「ゼロ次予防」という概念を作ってみたらよい。これが著者の提案。
 「ゼロ次予防」とは、個々の人間にとって「安全」かつ「清潔」かつ「便利」な社会、つまり「豊かな」社会 を作ることだ。このためには基本データベースの整備が不可欠。これが著者の結論。
 現在、社会保障については経済的な見地から見直しが迫られている。また、学術研究についても科学哲学の立場から疑問が出されている。だが、言うべきことはきちんと主張すべきだ。これが著者の立場。
 最後に一つ。著者の語り口と、ときに脱線する雑談がじつに楽しい。

東洋経済』 5542号 (1999年)